先日、読売新聞社主催の「『あなたのおいしい記憶をおしえてください。』コンテスト」に応募した。エッセーを書きたいと思い続けていた私にとって、初めてのチャレンジ。
何度も書き直し、読み直し、投函。
結果発表当日。
朝イチで読売新聞を購入し、意気揚々と確認するも、私の名前はなかった。
「本当に受賞できると思ってたの?だって初めて応募したんでしょ?」
冷静な主人の問いかけ。
本当に受賞できると思っていた。
お恥ずかしながら。
だから本当に悔しい。
悔しい気持ちが収まらないまま、受賞作品を読む。
ああ、どれも素晴らしい(笑)
私には圧倒的に人生経験も執筆力も足りないなぁと、落選が腑に落ちてしまった。
受賞できなかった私の作品、せめてここでお披露目させてください。新聞にも雑誌にも掲載されることは叶わなかったけれど、どうか誰かに読んでもらえますように。
『元気が出るご飯』
幼い頃、我が家には定番メニューがあった。部屋で宿題をしていると、台所からいい匂いが漂ってきたのを覚えている。丼に盛られたご飯の上には豆腐、ワカメ、しらすを炒めて出来たトロっとした具が乗っていた。
「これ何ていう名前?」
「元気が出るご飯だよ」
変な名前……と思ったけれど、小学生だった私たち兄弟はこの丼が大好きだった。ハンバーグが良かった、カレーが良かった、と文句を言いながらもいつも競うように食べていた。
元気が出るご飯に喜んでいた幼少期を過ぎ、反抗期、思春期を経て、今では私も2児の母となった。子どもを連れて実家に帰る機会も増え、母と話す機会も増えた。たわいもない話から、子どもの頃に食べていたあの丼の話になった。
「あれね、包丁使わないからパパっと楽に作れたのよ」
と母は笑う。時短術を「元気が出るご飯」のネーミングでカバーするなんて母らしい、と思った。
ある日、息子が高熱を出した。幸い熱はすぐ下がったのだが、ずっと食欲がない。何か栄養のあるものを食べさせなくては、と真っ先に思いついたのがあの丼だった。息子の好きな豆腐としらすも入っている。作り方はつい先日聞いたばかりだし、運良く冷蔵庫に食材もある。
まずはフライパンにごま油を数滴垂らし、しらすとワカメを炒める。パチパチいい音が響き始めたら、豆腐を一丁そのまま投入。豆腐がほぐれ、しらすやワカメと程よく絡まったところに、顆粒だしと醤油で味付けをする。ホカホカのご飯の上にかければ、あっという間に出来上がり!ごま油の香ばしい匂いが食欲をそそる。
「美味しいね、これ何ていう名前なの?」
と聞く子どもに、私は自信満々でこう答える。
「元気が出るご飯!」
美味しそうに丼を頬張る息子の姿を見て、ふと昔を思い出した。体調が悪く寝込んでいた時、部活動で疲れた時、友達とケンカして落ち込んでいる時、この丼が出てきた。食欲がなくても、心がチクチク痛んでも、なぜかこの丼だけはスルスルと喉を通る。食べ終えると、少しだけ体も心も温かくなった気がした。
パパっと作れて簡単、でもそれだけじゃない。豆腐もワカメもしらすも栄養豊富なのに、お腹への負担は少なく消化にも良い。もちろん肉や魚は大好きだけれど、元気に食べられないときもある。そんな時でもこの丼は優しい味でお腹を満たしてくれた。
「今日は簡単メニューにしちゃおうかな」
と母は笑っていたが、自分も母親になった今だから分かることがある。あの丼に母からのメッセージが込められていたことも、今なら分かる。
「元気出せ、元気出せ」
私が息子への丼に込めたように、かつての母もご飯にその願いを込めたのではないだろうか。
食べ物は生きる力をくれる。「元気出しなさい」という言葉が重く負担になってしまう時も、食べることで伝わる気持ちがある。我が家のおいしい記憶は、母と私、私と息子を繋いでいる。
母のご飯で元気になれたように、今度は私が子どもたちへエールを届けたいと思う。